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栗原新聞新聞誕生秘話 |
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ぼくは六年生になっていた。家では母の介護なしに日常生活もできない。 学校では担任の S先生なしには、一時間の授業も受けられない。先生はいつもぼくに手がかかった。クラスメートがそれを妬んで、ぼくをシカトするようになった。 ボスのA君の命令で、理解してくれた友だちも、だんだんぼくから離れていく。ぼくの家に来るのに自転車を隠して、非常階段を上ってきてくれた友だちがいじめにあった。 ぼくが学校に行くと、みんなに迷惑がかかる。そう考えると、学校が嫌になっていった。毎日が苦しく、学校をやめて、養護学校へ転校しようと覚悟を固めた。 そんな時、母が「新聞をつくって、みんなに自分の考えや気持ちを分かってもらったら」と勧めてくれた。どんな新聞にするかー書いたり、消したりしているうちに、ぼくは楽しくなり夢中になっていった。雑誌や新聞もよく注意して読むようになり、周りが変わっていくように感じた。 『栗原新聞』は、こうしていじめの中から生まれた。 いじめは苦しかったが、いじめがなかったら、ぼくは決して新聞をつくらなかった。そう考えると、あのときの苦しい体験も意味があった。 現在のぼくの生きがい、ぼくがこの世に今も存在している証明は、この新聞づくり以外にないのだから・・・・・。 |
(希望をもって生きている)改題(神さまに質問)より抜粋 |