第61号 栗原新聞
発刊日:2004/12/13



−−−− 目 次 −−−−



◆編集前記

やっと新聞61号発行出来たぞ!!! 読者皆さんお待たせしました。
1面=三十路 2頁=最近思うこと(4つのテーマ、支援制度 3頁=新しい車椅子、検査入院 4頁=編集後記
栗原新聞


◆お便り

 今年の夏は物凄い暑さでしたね。水の災害もあり、台風も例年より次から次ぎにとやってきて、各地に大変な被害をもたらしました。被害に遭われた方には、お見舞い申し上げます。
 さて読者の皆さんご無沙汰しております。二年ぶりの発行になってしまいました。皆さんはお元気でしたか?
 僕は、何とか厳しい夏を乗り切る事が出来ました。家族の中では、一番健康なようです。むしろ母や妹がへばっています。
 本当に今年の暑さは、いままでに経験したことのない猛暑でどうかしていましたね。確実に温暖化が進んでいます。世界が環境問題に取り組まないと、将来地球に人類が住めなくなると思います。
 そして十月二十三日(土)に新潟県中越地震が発生し大変な被害をもたらしました。被災をうけた方の事を考えると、とても心が痛みます。一日でも早く普通の生活に戻れる日がくるように祈っております。あらためて自然災害の怖さを再認識させられた一年間でした。
話は戻りますが、東京はバカみたいに高層ビルやマンションの建設ラッシュで、ますます暑くなっています。さて今回の新聞はすこし重たいですが、僕の正直な気持ちです。


◆日記

十一月十一日(木)
 三十路
   嬉しいやら
     悲しいやら

 
二〇〇二年九月四日についに三十路を迎える事が出来ました。回りの人達に、ついにおじさんになったとか おじさんの仲間入りだとかいわれ ガッカリしましたが、今の三十代は、昔に比べて若いです。
 僕は、今でも心は十八歳です。考え方も若いし、小倉優子、松浦亜弥の大ファンだし、一回り若い世代の人とも会話が合うし、多少のずれはあるが。女性の三十路は、結婚し子供がいる人は子育てで自分の事を構っていられないから、あなたどうしたのと思うぐらいおばさん化してしまう人もいると思うが、男性の三十代はまだまだ考えがガキだから若いと勝手に思って悪あがきをしております。
 なにはともわれ、二十歳までの命といわれたものが、苦しいこと、悲しい事はあったが、首に穴をあけ人工呼吸器をつけながらも三十路を迎えられたことを、家族や友人や医療者をはじめ、いろんな方々に感謝しなければなりません。
 そして天国にいる父にも感謝しています。
 これから先の事を考えると不安なことばかりですが、今を大切に生きていければと思っております。
 ちなみに二〇〇四年九月四日に三十二になりましたが、何回もいいますが、心は、十八です。


◆息子が三十二歳を迎えて

 征史が私の子供として生まれてくれたことが、自分自身を成長させてくれた。苦難を乗り越えてあらためて「自分で自分をほめたい」と考えました。友人が、「人は六十を過ぎたら自分の生きたいように生きて、人に気を使わないでわがままをいってもいいのよ。」と言って下さり、「ああそうなのか」ととても気持ちが楽になった。現在は、周りの人も年をとりさびしいですが、医療関係者や福祉関係者やボランティアさんに支えられて生活をしております。それに忘れてならないのは、三ヶ月に一回の医師会の難病訪問診療の先生方です。それも今年で十七年目を迎え、大変感謝しております。大勢の方が支えてくださった事を感謝しています。私自身は体が弱ってきて、自信をなくしております。征史より一日でも半日でも長く生きなければと、今を親子で生きております。これからも私達家族を見守っていてください。この新聞をお読み下さった皆様にも感謝しております。


◆詩(心のキズ)

心のキズには薬はない
それは自分自身で治療をして
乗り越えて行かないと
生きている間は辛くなる



◆母の日記

九月九日(木)
 午前九時にヘルパーさん、訪問看護師さんが来訪。今日は二週間に一度の恐怖のカニューレ(*1)交換です。でも看護師さんは、皆様ベテランなので安心しておまかせできます。
 私は体調が悪くて、娘に付き添ってもらいA病院へ検査を受けに外出しました。病院は患者が多くなかなか順番がこないで、家のことが心配で落ち着かず、イライラドキドキしておしりが痛くなりました。
 午前九時三十分に外出し帰宅は五時でした。ヘルパーさんとボラ子のKさんが、排泄と清拭をすませてくれていました。とても助かりました。
 ボラ子のKさんは、トイレの車椅子に移動させるのは初挑戦!よく出来たと感激。ボラ子さんが一年生から協力してくださり、その成長ぶりを見ていくのが私の楽しみです。勉強ばかりでなく、現場で患者に学ぶ事のほうがずっと大事だと私は思う。
 患者の痛み、苦しみ、悩み、辛さ、我慢をしている事を、少しでも理解が出来る医療者になれることを願っています。
 
*1 気管切開した首の穴に入れる器具


◆最近思う事

一.人間死んだら終わり
最近つくづく思う事がある。人間どんな境遇であっても、いい人であっても悪い人であっても人間は死んだら終わり、みんな同じだと思うようになりました。
 家族や身内のだれかが死んだら物凄く悲しくショツクを受け、自分が生きている限り記憶からは消えることはなく、心の中では生きつづけると思うが、他人が死んだときは悲しむが時間がたつにつれて忘れて行くものだと思う。
 それに、天国も地獄もありはしない。天国なんて存在しないと思う。よく人間死んだらどうなるか考えていたが、死後の世界があるかないかは、生きている者にはわかりません。死んだあとどうなるかが分かる人がいたとしたらその人は大丈夫?と思ってしまいます。
 母に人間死んだらどうなると思うか聞いたら、「灰になって空気になる」と答えました。まったくそのとおりだと思いました。生きている者が死後の事を考えることじたい無意味な事だと思います。
 死んだら忘れられるから終わりといっているのではありませんが、だからこれからは、生き方は変えませんが、考え方は変わりました。頑張り過ぎないように、やりたい事はやり、食べたいものを食べ、わがままになり、なるべく喜怒哀楽を出して、命にかかわる事は聞くがそれ以外の事はいうことは聞きません。自由奔放にしていくことにしました。生き方は、今までと同様に、命ある限り一日一日を大切に過ごしていきます。
 
二.医療者に対して思う事
 医師や看護師が新人の時は、「一番辛い事や悲しい事は、患者が亡くなることだ」というが、それが時が経つにつれ患者の死というものに対してなれてしまい、慢性的になってしまうように思えてしかたがありません。僕が勝手に思うだけだけど。
 仕事上、患者の死を割り切らないとやってはいられない厳しい仕事と分かっているつもりだが、医療者が患者の死に対してなれてしまう事が一番怖いことだと思います。死に対して鈍感になり、患者が亡くなった時になんとも思わなくなってしまうような気がするし、高校生の頃に入院した時に経験した病院のように、患者を物扱いしてしまうと思うからです。死は一番悲しい事なのだから。
 全部が全部そうだとは思っていません。
 それに今はどうかは分かりませんが、昔は患者が亡くなった時に「感情はだすな。泣くな。」と言われていたようだが、感情のないロボットではないのだから、感情の出しすぎはどうかとおもうが、泣いてもいいのではないかと思う。
 病院は新しい命の誕生があったり、最後をむかえる神聖な場所なのだから、医師も看護師も常に人間らしくいてほしいです。老衰以外の患者の死は、医師看護師にとって負けであると僕は思う。病院は病気を治すところだと、僕は考えるから。
(注:これは特定の個人に対してのことではなく、僕が医療に対する思う事である)
 
三.涙ですくわれた
 最近とても辛く悲しいことがあり、訪問看護師に僕が泣きながら自分の話を聞いてもらっていたら看護師さんも一緒になって泣いてくれました。人前ではめったに涙をみせない僕の姿をみて泣かしてしまったのではないかと思うが、それにより心が物凄く救われました。二で書いたように、医療者は泣かないのかと思っていたので、正直驚きました。
 僕のように難病で治療法がなく常に死と隣り合わせの患者に対しては、心のケアが一番大切なことだと思うし僕が理想としている医師・看護師と患者とのあるべき姿は、患者の心の痛みや、辛い事、悲しい事、悔しい事、楽しい事、嬉しい事をお互いに共有しあえる関係であるべきと思っている。
 
四.母に対して
 僕は、病気で生まれてきた人生になんの恨みつらみはありませんが、母に対して一つ申し訳ない事がある。
 それは、普通小学校の時の同級生のほとんどが結婚していて母親父親をやっているのに、自分はいったい何をやっているんだと時々思ってしまう。五体満足で生まれてくれば、孫の顔を見せてあげる事ができ、孫の面倒をみてもらう事ができたのにと思うと、母に対して申し訳ないと思ってしまう。
 でも五体満足な人でもそれぞれの人生があることだし、小泉首相がいうように人生いろいろですね。


◆心の宝物

人を好きになる事は
人間として素晴らしいこと
     なんだよ
人が嫌いな人生なんて
     つまらないよね



◆支援費制度について

 平成十五年四月より障害者福祉法の改正により、支援費制度という新しい福祉がスタートしました。
 主なメニューは、大きく分けて3つあります。それはディサービス、ショートスティ、居宅介護です。しかしそれらは医療的ケアが必要な者は対象外で、自分がその中で唯一利用できるのは、居宅介護の中の日常生活支援であり、平均一日にすると八時間のヘルパー派遣サービスです。
 自由にヘルパー派遣事業所を選択出来るメリットはあるのですが、吸引が必要な利用者は事業所を一軒一軒当たっても逆に断わられてしまうのです。
 自分の場合、はじめは断わられた。しかし、事業所の中に吸引をやってみてもいいというヘルパーさんが見つかり、何とか契約ができ、役所も緊急の時には吸引をやってもいいという解釈なので、吸引はいつも緊急なので、なんとかやってもらっています。一部の
難病に認められているタン吸引を、一日も早く筋ジスにも認めてください。
 それに何回もいうけれど、ぼくら人工呼吸器使用者はタン吸引なしには生きていけません。吸引の出来ないヘルパーさんはいりません。それだったら、利用者の自己責任で、自分で介護人を見つけてヘルパー登録させてもらいたいものです。しかし医療者または、ヘルパー二級の資格がなければダメなのです。一ヶ月に二百四十八時間利用出来てもどのように効率的に利用したらよいのか分かりません。僕も母も悩む所です。
 それにあまりにも規則がありすぎます。薬を飲ませてはいけない、爪を切ってはいけない、軟膏を塗ってはいけないとか、これでは障害者が地域で生活する事は困難です。脱施設が売りの制度が名前だけになってしまいます。
 厚生労働省にお願いしたい。それぞれのケースに応じて、利用しやすい制度に改善してほしいのです。そして、厚生労働省の方々は、デスクに座ってパソコンばかりに向っていないで、現場を見るべきです。
八月二日


◆ニューストレッチャー型の車椅子完成

―――車に乗っていった二回目の外出―――
 ついにニューストレッチャー型の車椅子が完成しました。今までの車椅子はすべてステンレスで頑丈にできていたのですが、すごく重たく、車椅子、人間、人工呼吸器を合わせると総重量が約百kgぐらいになり、女性でも男性でも一人では押す事が大変でした。しかし新車の車椅子は驚くほど軽く、約二十kgの人工呼吸器が乗っていても一人でも軽く押す事ができ、平らなところでは、なんと片手でも押す事が出来るのです。
 新しい車椅子で、福祉タクシーを利用して二回お台場に外出してきました。一回目はフジテレビでした。今日もお台場に母、妹、学生さんと行ってきました。
 そのお台場で可笑しい事が二つありました。一つ目はアクアシテイお台場でありました。小さい子供が、僕が(ストレッチャー式)車椅子に乗っている姿をみて、母親に「お母さん、あの人死んだ人?」と指を指しながらいったのです。
 それを聞いていた母がその子の母親をにらむというよりも見たら、申し訳なさそうな顔をしていました。少しは「このガキめ!」と腹は立ちましたが、たしかにストレッチャーが主に使われるのは病院や救急車で、病人を搬送するものだから、病人か遺体を連想してしまったのでしょう。それにしてもお台場に死んだ人はいません。小さい子供は、悪気がなく意味もなく見たそのままをいうから、その子の母親はなんて説明したらいいか困ったかも?
 二つ目は、デックス東京の中にあるお台場一丁目商店街で、昭和三十年代の町を再現した所で可笑しい事がありました。学生さんと妹が買い物をしているあいだ、理髪店が再現された前で待っていた時に、母ぐらいの世代のご夫婦が側に寄ってきて、「これはなんですか?乗っている物はなんですか?首に付けている物はなんですか?」と母に聞いてきたのです。母が「これは車椅子で、乗っているものは人間で、首に付けているものは人工呼吸器です。」と説明したら、「あー失礼しました。障害者の方でしたか。てっきり昭和の置物だと思ってしまいました。」とご夫婦は申し訳なさそうに母にペコペコと頭を下げて謝っていました。
 どうやら昔の押し車(ベビーカー)はとても大きかったから車椅子をそれと間違えて、乗っているものを蝋人形の赤ん坊と思ったみたい?その後、僕と母はびっくりしたというよりも大笑いしてしまいました。それにしてもこの時代にこんなハイテクな物はありません。
 お台場というところは観光客や地方の人が多いから、ストレッチャー型の車椅子、ましては人工呼吸器なんて見た事がないから物珍しさもあったのでしょう。
 お台場で一番楽しかった事は、お昼の食事でした。レインボーブリッジが見えるレストランのテラスで食事ができました。レストランのスタッフの方も親切に対応をしてくださり、安心していられました。
 いくつも店はありましたが、店の中に段差があったり狭かったり、車椅子利用者にとって入れる店が限られてしまいます。現在でまだまだ遅れていると思いました。
 久しぶりに外出ができ、買い物もできて楽しい日が過ごせて良かったです。
 それにしても、お台場は不思議なところでした。
 学生さん、妹、お母さん、お疲れ様でした。


◆詩 (命)

命がある限り
精一杯生きる事が大切
短い長いは関係ない
五体満足な人たちは
五体満足でいられることが
一番幸せだという事に
気がつかずに生きている



◆十月の検査入院

僕が十月に検査入院した時の付き添いのボラ子さんの記録を一部紹介します。
 
十月二十日
二十二時 T 到着てす。
 久しぶりの征史さんとの再会で、更に初夜勤&初病棟で緊張です。しかも台風です。
 それでも相変わらず征史さんはいろいろと教えてくれます。本当にありがとうございます。
 というか安心させることが出来ずすいません。簡易ベッドは、私の体重に耐えきれるでしょうか?
 
栗原コメント
 いえいえこちらこそありがとうございました。初めてで緊張したでし
ょう。
 簡易ベッドはそう簡単には壊れませんよ。ご安心してください。
 
十月二十一日
 M宜しくお願いします。ここ7W病棟は夏に実習したところ。なつかしー。
 
二十三時 吸引。忙しいのにやり方を教えて下さる征史さん。やさしい。
 
二十三時四十五分 横向きに。手間取ってすいませんっ・・・・。
 「眠れないからお薬を飲みたい」とナースに相談される。ナースお薬持参。投薬。
 とっても素敵なナースさん・・・・。
 
三時 呼吸器接続部から、呼吸音とともに、空気の漏れるような音がしてびっくりしたのでナースを呼ぶ。
 征史さん、起こしてしまってごめんなさい。大丈夫だった見たいです。
 けどその後も(っていうか、プッていう音?)聞こえたり消えたり。
 
栗原コメント
 夜静かになると呼吸器の音とか空気の漏れる音とかが合体して気になると思いますが、何かがあれば警報ブザーが鳴るから安心して下さい。
 夜勤初デビューご苦労様でした。
 
十月二十二日
二十時 U到着
 
二十二時半 消灯。いきなり謎のブーブー音が。
 「ブー」↓「プシュー」↓「・・・」↓「ブー」↓「プシュー」↓以下省略。
 と思ったら、次は不思議なシャカシャカ音。ポコ。トン。ドン。ブー・・・いるのか?何かが。
 とりあえず征史さん的に身の危険や異変は感じてないようなので、機械と空気の合奏はシカト。
 あと、放屁系の音は、以前もよくありました。なぜか主として早朝に。特に異常な兆候ではなさげなのでご安心ください。
 
二十三時十分 依然、謎の音は鳴り続けていますが、「寝入りばなを起こされた人はもう眠れない」とナイティンゲールもいっているので、カーテンの隙間からそっと様子を伺うだけにしときます。・・・
 と思ってたけど、心配で見に行っちゃった。てゆうか、ついに金属音のパートまで。何音?採譜しちゃうぞ、もう。私は静かにテンション上げてます。夜だし。
 
二十三時五十分 読んでた本の7ページ目にて、早くも十五分ほど意識を飛ばす。
 征史さんは眠っている様子。たぶん。「寝てますか?」と聞いて起こしたらアホなので、それはしません。
 壁にしみいる機械音。ていうか、奇怪音。しかし、どの音も征史さんの生命を支える音と思えば、むしろ安心を呼ぶ音楽なのかもしれませんね。
 って、今の今までボロクソ言っといて何をいまさら。と書いてるうちに日付が変わりそうです。そんな音景(サウンドスケープ)。
 
栗原コメント
 観察力がすごいですね。僕の睡眠中の呼吸器の音は四拍子なんですね。母もそう言ってます。
 
十月二十六日
二十一時 本日、初夜勤のKです。
 かなり、緊張しています。さっきもいろいろ征史さん、Uさん、Nさんに聞き、征史さんの「大丈夫、わからなかったらナース呼べば」という言葉に少し安心。
 夜には強いのですが、とってもドキドキです。征史さん、いろいろご迷惑おかけします。宜しくお願いします。
 ナース訪室。吸引。体温も測ってみると三十五・五度??あやしすぎる!!でも、三十七度はないですよとナースは去っていきました。
 征史さんと「めだか」を見てのんびりしてました。
 
二十二時半 お休みの準備。電気の消し方もわからない私は征史さんを頼りに奮闘中。頭のとこの灯かりだけすこしつけ、あとはまっくらに・・・・
 時計の音が気になるとのことで、どうしてやろーかと思い、「電池抜きますか?」と聞くと「いや・・・それは」と征史さんも私の豪快なやり方に唖然!!!
 棚の上のほうに封印しましたが、今もなお、カチカチいってる音が聞こえます。やっぱり電池ぬいたほうがよかったんじゃないですか?(笑)
 
栗原コメント
 初デビューご苦労様でした。これからも宜しくお願いします。
 時計の音が気になりましたね。次回からは音がしない時計にしようと思います。
 
十月二十八日
A こんばんは、征史さん!久しぶりの夜勤です。明日は退院おめでとうございます。
 私も体調回復です。よろしくお願いします。今回は夜勤あまりはいれず、皆に代わってもらってごめんなさい。ありがとうございます。
 
二十二時四十分 上向きに、吸引、部屋を暗くして消灯です。
 征史さん、おやすみなさい。今晩は眠れるといいですね。
 
二十三時二十分 眠剤追加。征史さん眠れないみたい。これで眠れるといいですね。
 
二十四時 仰臥位。征史さんの寝息が・・・よく眠れていると嬉しいです。zzz
私も寝てました・・・。
 
三時 左側臥位。吸引、ティッシュで顔を拭く。征史さん少し暑そう。
 ヒーター切ってるのに、この病院あついなぁ。よく寝ていた私はナースが入ってきた音で目覚める。
 征史さん、ごめんなさい。
 
栗原コメント
 あなたも体調の悪い中たいへんでしたね。明日は皆さんのおかげで無事に退院できそうです。ありがとうございました。


◆編集後記

 今回の新聞は、内容的には満足できる物ではありませんが、新聞発行を再開する事が出来とてもホッとしています。
 これからもマイペースにやっていきます。読者の皆様のお陰でこうして生きていけるのです。これから寒さに向かっていきますが、おたがいに体に気をつけましょう。
 それでは次号で。
 十一月十一日(木)



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