|
「昨年」の夏は物凄く暑かったですね。僕は「昨年の」夏は体調がよくなく、高熱が二回も出てしまい大変苦しみました。
それ以外にも昨年中は色々あったので、当時を振り返りながら書いたのが次の記事です。
お読み下さい。
|
|
|
いつもなら入院になっていたけれど、近所の小森先生と訪問看護婦さんと母の力で家で治療する事が出来ました。今は十月になり、体調も落ち着いたようです。
|
|
|
皆様に悲しいお知らせがあります。父が二月八日に他界しました。まさか父親がこんなに早く亡くなってしまうなんて、大きなショックを受けました。
症状が悪くなる一方と母から聞いていたので覚悟はしていた
けれど、うちの父にかぎってそ
んなはずはないと思っていましたが、父はついに力つきてしまいました。
それからは、家族で毎日反省会をしております。栗原新聞や出版した本の中で、父に対して厳しい事を書いてしまった事を悔やんでおります。
でもは使いたくないのですが、その時には正直に現実を表したのでもあるし、また父にゲキを飛ばす気持ちでもありました。今ここで書きたいことはありますが言い訳になってしまうので書きません。僕が今、妹ともども生きていられるのは、父がいたからだと感謝しております。
亡くなって初めて父の存在の大きさが身に染みました。天国のお父さん有り難う。ゆっくり休んで下さい。
皆さんも生きていくうえでいろんな事があると思いますが、お互いに人間らしく一日一日を大切に生きていきましょう。
読者の皆さん体調には十分に気をつけてください。それではまた(十二月一日金曜日)。
|
|
|
今日「九月四日 月曜日」は僕の28回目の誕生日です。月日の経つのは早いもので、あっという間にこの日を迎えてしまった。
僕の誕生日が近づくとなぜか周りの皆さんが騒がしくなる。今年は二月に父が他界しましたので、誕生日を迎えられた事は嬉しいけれど複雑な気持ちで、正直あまり嬉しくなく素直に喜ぶ事は出来ません。
しかし、小さい子供の頃から僕を知っている近所のおばさんや友人が喜んでくれる事はとても嬉しい。それで今日は、ささやかですが母と妹、学生さん達とお寿司で祝えた事がとてもよかったです。とても感激しました。
僕の誕生日を覚えていて下さった人たちに感謝いたします。
|
|
◆ 不満に思っていること、
疑問に思っていること、
納得できないこと
|
|
@ 昔からあったことだと思うが、最近医療ミスが多すぎる。TVで毎日のように報道されている。それもほとんどが初歩的なミスである。人間のやることだからミスを完璧に防ぐことはできないと思うが、素人でも気づきそうな、あってはならないことが多いと思う。
これからの医療は医師や看護婦さんにまかせっきりにするのでなく、患者自身が自分の事は自分で管理することも必要だ。
A 前の話の続きに近いことになるが、日本の医療は失礼だがレベルが低い。父は約1年6ヶ月の間に病院を6回転院させられた。制度で決まっていることだが、3ヶ月で出されてしまう。
3ヶ月ならましだが入院してすぐに次の病院探しが始まった場合もあった。病院を渡り歩くたびに、父に病状が悪くなっていったそうだ。最後の入院先は茨城県の病院で、そこで一人寂しく息を引き取っていった。そんな父が哀れでならない。
こういう現状は残念なことだが、日本中の病院で同じだと思う。政治家や厚生省の人達は実態を知っていても、見て見ぬふりをしているのではなかろうか。まったく情けない。
B 日本の政治は相変わらず国民を無視した国会運営をやっている。僕はどこの政党も積極的には支持していない無党派だが、どの選挙もベッド式車椅子で投票所に出掛け(これが大仕事なのだ)必ず投票している。
それなのに、今の国会は与党も野党も自分達の都合で足の引っ張り合いをしていてだらしがない。中にはコップの水をかける人もいるし、権力闘争だけに明け暮れている。全く情けない限りである。ある新聞報道によると、二〇〇六年には政治経済が破綻すると言われている。そうさせないためには、国民の行動しかない。
「さわやかワーク中央」が印刷業務を止めたので、本紙から封筒まで全部横浜市のボランティアセンターでの印刷と、印刷担当の家庭用プリンターでのプリントアウトになりました。「さわやかワーク中央」のサポートがなくなって残念です。
|
|
|
朝目がさめると
スッピンの母の顔
生きたおばけがでーたと
ゾッとする
自分を28年間
介護をしている母の
苦労を考えると心が痛む
プラス マイナス
ある人が 君はプラス思考かマイナス思考かと
訊いてきた
ぼくは プラスマイナスで
普通に生きてると答えた
よっぽど電池と同じで 充電しながら生活しています
と付け加えようとしたが
その人に対して失礼だと思い
心の中でつぶやいていただけ。
|
|
|
ジャイアンツ四年振り29回目のリーグ優勝。劇的感動を与えてくれて有り難う
そして選手の皆さんおめでとうございます。
今年の巨人は、FAでダイエーから工藤選手、広島から江藤選手を獲得し、金で買った優勝と言われているが、それは違うと思う。
プロ野球なのだからFA制度
を使って移籍するのは、プロと
して当り前なことなのです。
今年の巨人が優勝出来たのは、松井選手が四番で135試合フル出場し本塁打王、打点王を獲得し、それに引っ張られてチームが波に乗り、打線が大爆発し優勝できたのです。
リーグ優勝出来たのは、松井選手の力だけではありません。ケガ人が出てもそれをカバー出来る選手が次から次ぎと出てきて、チームワークで苦しい時を乗越えて行ったから優勝へ突き進むことができたと思う。
特に中継ぎ投手の頑張りに拍手を送ります。来シーズンは各球団が打倒巨人で攻めかかってきます。今年のように200発打線とはいかないと思います。
その中をくぐり抜けて、連続V2めざしてファイト。
|
|
|
今年の日本シリーズは、今世紀最後のシリーズ。しかも、ファンが待ちに待ったON対決。王・長島の対決が見られるなんて夢のようです。
僕としては勝負は別として、巨人もダイエーも両方を勝たせたい。王監督は巨人の監督時代、優勝に縁遠くて苦労したから、ぜひともジャイアンツを倒して優勝してほしい。しかし僕には巨人ファンとしての血が流れているから、そういう訳にはいかない。
|
|
|
シリーズが始まると、前半はダイエーがいつもの力を出し、巨人はこてんぱにやっつけられて2連敗してしまったので、もうだめかと思ったが、ジャイアンツ本来の力が発揮されて4連勝し、一気に優勝を決めました。こんな最高の思いをさせてくれた選手に、心からありがとうといいたい。
更に我が松井選手が大活躍し、MVPを獲得したことには大感激をしました。
でも、ダイエーにもすごい強さを感じた。日本シリーズに出場する素晴らしいチームを作った王監督に拍手を送りたい。
来年も是非ON対決が見たい。
|
|
|
(征史さんの介護状況を知って貰うためボランティアさんの日誌を掲載します。頻繁な介護実施の様子をお読み下さい。印刷担当から)
二〇〇〇年
十二月十八日朝九時頃
自宅出発入院
(お母さん、妹さん、ボランティアのM、T)
病院に着くなりレントゲン検査、採血、心電図と検査が続く。
お昼は普通食。夜からは「刻み食」に変えて貰うように頼む。
16時20分 お小水120t
16時30分 NS来室吸引。
16時50分 NS来室。
カフ圧調整。
17時 うがい(口の中が気持ち
悪いため)。
17時10分 NS来室。
座薬を入れる。
17時30分 イスに移す。トイレ
する。ベッドに戻す。移
動の時うまくゆかず征史
さん辛そうだった。
この間Dr二人来室する
もトイレ中のためすぐ室
外へ消える。
18時 食事が運ばれてくる。
でもまだ食べない。
18時05分 吸引
18時15分 食事を少々とる。
小松菜は食べない。
18時20分 主治医Dr来室
18時30分 食事中に吸引
19時 食事終了
NSに刻み食にしてもら
うよう依頼する。歯磨き。
19時30分 ふーう。一段落。
自宅と病院ではちがうこ
とが結構あって、征史
さんもお疲れって感じ。
19時40分 NS来室。顔を拭
く。お小水80t
20時10分 ミネラルウオーター&アクエリアス
を買いに地下1階へ。
20時15分 アクエリアスを150t
飲む。
(20時50分 付添交代)
20時50分 体位を上向きに。
お小水200t
21時 NS来室。
体温36.3℃
呼吸音異常なし
21時15分 横向き。うがい。
上向き。吸引。
21時30分 ミネラルウオーター&アクエリアス
を500t。
横向き。
NS来室し薬を飲ませる。
さすがNS、横向きの征
史さんに難なく薬を。
NS来室し吸引。
22時30分 征史さんお休みモ
ード。
23時15分 横向き。吸引。
十二月十九日
0時15分 NS来室。吸引。
付添は寝てしまっていた。
エアコンをオフ。
上向き。お小水250t。
0時45分 布団を下げる。左耳
の位置を直す。
エアコンをオン。
1時30分 吸引。
3時45分 横向き。吸引。
4時 左手をひっぱる。
5時 布団を下げる。
6時30分 外が明るくなってき
た。征史さんはぐっすり。
7時20分 NS来室。V/Sチ
ェック。体温35.8℃
7時20分以降 顔を拭く。
朝食
ご飯 4〜5口、焼鮭
4〜5口、小松菜お浸し
1/3、グレープフルー
ツ全部(朝は食べられな
いとのこと。少々心配)
(9時 付添交代)
9時 歯磨き。水分250t。
9時15分 上向き
9時30分 お小水160t。
吸引。
おなかの腎臓あたり、次
に背中全体をマッサージ。10時 お小水180t。
10時10分 NS来室。
V/Sチェック。
10時20分 横向き。
NSと二人で着替え
ウーロン茶200t。
11時10分 お小水300t。
11時50分 吸引。(保健婦とし
て就職出来たことを報告する。)
「征史記者から=心からおめ
でとうを申し上げます」
(12時 付添は妹さんに交代)
妹です。皆さんいつも兄のボランティアに来ていただいて有り難うございます。皆さんの温かい心遣いに支えられて栗原家は成り立っていると思います。
噛みつき犬ポポもいますがこれからも嫌がらずに来て下さい。宜しくお願いいたします。12時10分 昼食
パン 1/2
副食=ツナサラダ和え、
スープ、洋なし、ヨーグ
ルト=全量
ウーロン茶 140t。
13時20分 お小水220t。
13時30分 上向き。昼寝。
13時40分 NSにカニューレの
ガーゼ交換をして貰う。
次の交換は明日の朝。
排便の介助ですが兄は首が据わっていないため、本来であればお姫様だっこでトイレチエアーに移乗しています。昨日は看護婦さんが慣れておらず、、またこちらの説明もうまく伝わらなかったので普通のトランスを行ってしまったようです。本人から危険だったとの報告でした。
首や背中を痛めてしまうことにもなるのでもしお姫様だっこに慣れていないなら、臥床したまま使用できる便器があるので、そちらを使って頂けたらと思います。宜しくお願いします。
14時40分 横向き。
14時50分 ポカリスエット300t。
(15時 ボランティアさんに交代)
15時50 分 お小水。横向き。
16時30 分 レシカルボンを挿肛し
15分後お通じ。
トイレチエアーへの移乗は二人で
介助したので問題なし。
以上、抜粋
|
|
|
昨年、夫は長期療養の末に亡くなりましたが、いろいろな病気を持っていた彼の療養には大変な困難がありました。夫に医療を受けさせる時にいつも感じたことは、日本の医療はまだト
ンネルの中で(長男についていえば福祉も同様です)、これからまだまだ改善が必要だということです。
主人は合併症だったので病院としては対応が難しかったのでしょう、なかなか入院させて貰えず、入院できても三ヶ月で
退院を迫られ病院を転々として、入退院を繰り返し最後は一年六
ヶ月の間一度も家へ戻れずに、地方の病院で一人寂しく亡くなってしまいました。
日本の中心都市東京なのに、夫を受け入れてくれる病院が無いことを情けなく思い、地方まで行かなければならないのかと、とても残念に思いました。
またせっかく入院できてもソーシャルワーカーがしっかりしている病院は比較的まともでしたが、横の連携が機能していない病院では色々とトラブルがありました。
夫も長男もという全介護が必要な二つの命を抱えて、一時は気が狂いそうになりました。色々な所に相談に行きましたが、どこでも医療や福祉の制度解説のような決まりきった答えしか戻ってこなくて、とてももどかしい思いをしました。
それでも保健所の保健婦さん達は私と一緒に病院を探して下さったし、福祉センターの先生達は転院の度にお手伝い、また私が夫の入院中の病院へ行くときは長男の介護にボランティアの学生さん・ヘルパーさん達のご協力があって、なんとか乗り越えることが出来ました。
しかし夫の死後私に襲いかかってきた深い寂しさ・空しさは、言葉では言い表せられないものでした。また長男・長女も父親の死にはショックを受け、いつまでも反省会を開いて現在に至っております。
私がよれよれになった時、長男を預かって下さった病院の岡安先生と、長男の退院についてお話をすることがあ
りましたが、そんな私に主治医の先生は「立ち止まらないで、
走り通しなさい。」と言って下さいました。
その言葉にハット我に返り、ここで休んではいけない、長男の為に走り通さなければと思い直して現在に至っています。今は親子三人で肩を寄せ合って生活をしております。
色々とご協力をして下さった方々に心から御礼を申し上げます。
|
|
|
今回の新聞は読者の皆さんに辛いことを伝えなければならず、気が重いです。色々あった父でしたが、今となっては良い思い出だけが頭の中で駆け巡っています。
人間というものは勝手なもので、どんな状態でも父には生きていて欲しかったという気持ちと、逆にもうこれ以上苦しませたくなかったという気持ちがあって、複雑なものがあります。
|
|